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![]() ![]() 広川・黒木 ドクターキムル 2003/03/08~2003/03/08 |
こふんピア広川には石人山古墳は全長107mの前方後円墳もある。筑紫君磐井よりも2、3代前頃の古墳と見られる。前方部中央に階段が設えており、墳頂に上れる。後円部、石室の手前に小屋があり、出土した高さ1.5mほどの武装石人が安置されている。また、石人小屋の裏に後円部の墳丘があり、石室の覆屋が設置されている。この中には有名な装飾石棺がある。
(表紙写真は武装石人) ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() パリ tomato 2010/08/17~2010/08/21 |
ロンドンからユーロスターでパリへ。
ドーバー海峡を駆け抜けた!・・・ハズ。
というのも、いつドーバー海峡を通ったかわからなかったんです。
トンネルがいくつかあったけど、もしやそれ?!
まあ、無事パリに着くことができたからよしとする♪
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![]() ![]() 角館 YOSHITO 2010/08/31~2010/08/31 |
平泉・中尊寺を出発した観光バスは一路秋田県仙北市
へ向う。途中サービス・エリアに寄りながら午後2時
半頃角館町に着く。
強い日が降り注ぐ武家屋敷の続く角館を散策する。
ここでも4時まで自由行動で皆さんそれぞれ家族で、
ご夫婦でそして母子で散ってゆく。
まだ日の高い4時には角館を出発。田沢湖へ向う。
夕刻5時40分には岩手県の雫石高倉温泉の宿舎に
到着。と言っても旅館ではなくプリンス・ホテル。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() ウィーン ヴァンサン 2008/02/09~2008/02/14 |
ハンガリーから陸路ウィーンへ。
途中スロバキアの首都ブラスチラバにも日帰りで。
最終的にザルツブルグまで南下しました。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() 広川・黒木 ドクターキムル 2003/03/08~2003/03/08 |
石人山・弘化谷古墳公園にある弘化谷古墳は直径39m程の規模の大きな円墳で、5世紀中期(古墳時代)に築造された装飾古墳である。高さ7m、直径39m、2段築成の円墳の横穴式石室内部に彩色されている。平成6年度に敷地内に資料館(こふんピア広川)を建築した。
(表紙写真は資料館(こふんピア広川)の装飾古墳のレプリカ) ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() 松本 hhb00102 2010/08/28~2010/08/28 |
松本城の最上層から見えていた素敵な建物は、行き先表示やらを見ると、旧開智学校と言うみたいですね。ちょいと見学に行ってみました。
建物を外から見るだけかなと思いましたが、中も参観出来るんやね。
あんま時間無いんで、駆け足の参観になっちまいましたが、中も歴史が感じられて良かったかな。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() パリ polodaddy 2010/08/01~2010/08/02 |
パリの街は全体的に歩道には犬の糞が多く小便の臭気が彼方此方で漂う、華やかなイメージとはかけ離れた、非常に非衛生的な街(よく150年前の江戸の街の方が衛生的であると言われる)なのだが、その中でも極めつけに臭いという事を前から聞いていたパレ・ガルニエ(オペラ座)に行きがかり上出かける事になった。
「おフランス」に対して何の憧れも気負いも無い、かつてパリで暮らし仕事をしていた知り合いが、口汚く罵っていたオペラ座の臭気とは何ぞや?との興味もあり、鼻の通気を良くして出かけた。
過去の滞在ではオペラ座周辺には殆ど近寄らなかったので、言葉は悪いが、まあ道端に落ちた雲子を棒で突っつく気分だ。
ガイドブックや旅行会社も「これがパリの歴史のにおい」だとか「華やかな香水でかき消されるにおい」だとか綺麗ごとを言ってないで、皆で叩けば少しは清掃、消臭するのではないか?フランス人は頑固なので、かなり激しく非難されない限り変える事をしない民族だから・・・。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() 足尾 minaMicaze 2010/05/21~2010/05/21 |
朝起きたら爽やかな晴天だったので、新緑を期待して足尾へ行ってきました。
間藤駅から銅親水公園までの間、かつての製錬所やその周辺の産業遺構、そして製錬所までの貨物線の廃線跡など、足尾鉱山華やかな頃を偲ばせる産業遺跡を見てきました。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() 富岡 tabitomo 2010/08/30~2010/08/30 |
世界遺産に登録候補?
富岡製糸場を見学してきました。
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![]() ![]() 松本 hhb00102 2010/08/28~2010/08/28 |
18切符も4枚使用済。最後の1枚で、本日は帰宅日です。早めに長野を出れば、松本城にも行けそうですね。自宅なら、宿探しの心配もないから、遅くに着いても構わんし。
松本城は、小さい頃にプラモデルで作ってみたり、その美しい天守閣を写真で見たりと、結構昔から好きな城です。これでようやくほんまもんとご対面やね。
06:55 長野
↓ (信越本線、篠ノ井線)
08:03 松本 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() チェコ 砂布巾 1990/09/02~1990/09/13 |
9月2日 チェコスロバキア入国~ヘプ Cheb
YHから市内へ向かうバスが日曜の午前中は無かったので、駅まで歩いて行く。座ってどうしようかと考えていたら、友人の武者氏に借りているバッグパックの下の部分の針金が片方無くなっている。慌てて駅中を走り回った。自転車を借りる際には、小生のドイツ語が理解して貰えず笑われるし、変なヤツだと思われたに違いない。
途中の町までバスで行き、そこから列車に乗る。今日はユーレイルパスの満了日。ヘルシンキ駅で使い始めて2ケ月。早いものだ。少し時間があったので日本へ電話してみる。やっと通じたのが友人の鼻氏の所。「おーワシじゃー、今からチェコへ行くでー」「お前イラクにだけは行くなよ」で切れて 1.4DM。 ニュルンベルクからプラハに向かう直通列車は日に1本しかない。チェコ人の出国規制が最近になって緩和されたからであろう、車内は買出し帰りのチェコ人で大混雑。通路にまでバナナやら電気製品が溢れていた。国境の鉄条網は確認出来なかったが、監視塔は小高い山の上にぽつんと有った。入国審査は国境の町ヘプ停車中に行なわれた。民主化が成ったとはいえ、つい1年前まではブルガリアやDDRとともにもっともソ連に忠実な国であっただけに少し緊張したけど、荷物検査などは全く無く、係員は事務的に仕事をこなしていた。
今やNATO加盟国の国民はビザ不要となったが、ウィーンで大使館に電話で確認してみたところ、日本人は必要との返答だった。ビザは東京で取得していたが、強制両替があるのが痛い。両替は入国審査の直後に列車内で行なわれる。1日当たり30DM相当の外貨を両替しなければならず、10日間申請していたので 300DMが 2,904コルナ(以下 kcs)。1kcsはちょうど¥10。1日当たり
300kcs弱を使わなければならないけど、これが仲々至難の業。ビアホールでビール1杯飲んで7.4kcs、明日のカルロビヴァリ(所要1時間)までの列車のチケットが 16kcs、ビールとステーキの夕食が 87kcs。これが今日の支出の全て。何より痛いのが、ホテルの支払いがDMであること。22DMだからBRDでYHに泊まるのとさほど変わらないけど、持金が余り無い小生には痛い。とにかくチェコスロヴァキアの旅は始まったばかり。試行錯誤の日々となりそうだ。
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![]() ![]() 高山 momota 2010/08/22~2010/08/24 |
大はずれのハイヤーの話はのちほどにして…
2日目 白川郷の観光を終えた私達は本日のお宿に到着。
ドン、ドン!!と大きな太鼓の音に歓迎され前日とは全く趣きの
違う明るく開放感のあるお部屋に通される。
お茶をいただきながらお部屋係の女性と話をしていると
ドスン、ドスン!! キィキィ…
太鼓?いや、違う。どうやら上階で子供が暴れているようだ。
その音はなりやむ様子もなく床のきしむ音も酷い。
「昨日は真夜中まで隣がうるさくて寝不足なんですよ…」ちょうど
そんな話をしていたので係の方がすぐに対応してくれ静かになった。
ところが買物から戻ってみると上の騒音は元通り。
再度、旅館側にお願いしたのはいいが今思うと過剰に反応しすぎた
のかもしれない。こんな事になるのなら…
◆本陣 平野屋別館
http://www.honjinhiranoya.co.jp/index.html
◆カフェ 青
http://cafeao.hida-ch.com/ ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() メキシコシティ 堀昭夫 1995/10/20~1995/10/21 |
最近はアジアを歩く事が多いので、必然としてアジア(特に中国の少数民族)の歌を聴く事になるのだが、かつて中米を歩いていた頃は中南米音楽を聴く事が多かった。
東京時代のよき思い出だ。
CDの大部分は東京で買った物だが、一部はメキシコやキューバで買った。
何しろ10年以上前に買ったCDだから、いささか古くなっているかも知れないが、私には今でも魅力的なラテンミュージックだ。
ジャンル的には、ワールドミュージックとかフォルクローレと呼ぶべき音楽かな。
極めてマニアック、個人的な趣味に過ぎないが、中南米旅行の好きな方の参考になれば幸いだ。
この国のアメリカ志向一点張りだと思えるミュージック界の中では、異色であり実に興味深い。
なお断っておくが、かつて大分のローカル新聞のエッセイ欄に、マンボやチャチャチャ、ルンバはヨーロッパの社交ダンスだと書いた御仁(湯布院町の文化人?Nセンセー)が居たが、これらの音楽はヨーロッパ音楽(スペイン人達)の影響を受けてはいるが、れっきとしたキューバ音楽だと言う事を記しておきたい。
こんな事は極めて初歩的なミスだと思うのだが・・・。
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![]() ![]() ローマ きっちー 2010/08/14~2010/08/20 |
準備中
宗教などまったく信じられない性分ですが、世界には何かしらの信仰をもっている人がたくさんいます。
多様性が重要なら、彼/彼女の宗教観も尊重すべき。
とはいうものの、どーしても理解できないのが宗教という、やっかいなピラミッド――――
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![]() ![]() 八女・筑後・船小屋温泉 ドクターキムル 2003/03/08~2003/03/08 |
西牟田駅からタクシーで筑紫君磐井の墳墓とされる岩戸山古墳を見学して岩戸山歴史資料館に寄ると雛人形の段飾りが展示してある。「この資料館の持ち物?」と聞くと女性館員は「自分の物で、もう家では飾らないからここに飾っている。」と言う。「良家のお嬢さんなのですか?」と尋ねると、「父は公務員です。」と返ってきた。八女というくらいだから雛人形には金を掛けるのだろう。
岩戸山歴史資料館には石人や冠頭太刀や耳飾や鏡なども展示していた。
(表紙写真は雛人形の段飾り) ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() ミュンヘン カメちゃん 1994/11/11~1994/11/11 |
(※)10年1月……Google mapで確認できる強制収容所跡を追加しました。
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2009年9月
地図上で多数の強制収容所跡の場所を確認できるようになりました。
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<追記1> 09年9月……Google mapで強制収容所跡をご覧いただけるようになりました。
<追記2> 09年11月……Google mapでご覧いただける強制収容所跡を、ヨーロッパ東部・ドイツ以西ともに少し追加しました。
<追記3> 10年1月……ヨーロッパ東部・ドイツ以西ともに、地図をさらに追加しました。
私たち夫婦が初めての海外旅行をしたきっかけは、会社の「永年勤続者旅行制度」の適用時期が来て、それに「背中を押された」ことでした。その時、会社のお定まりコースをやめて自費を追加しヨーロッパを選びました。
折角ヨーロッパへ行くなら、そのついでに以前から関心のあった強制収容所跡を見ようと思い、観光ツアーの帰国を延長して(ツアーの最後に皆さんと別れて)カミさんと二人でドイツ国内を旅行したのです。私達が訪れた強制収容所跡は、ミュンヘン市中心部から北西に20Km弱のところにあるダッハウの町外れにありました。
ダッハウ強制収容所跡で見たことは、あまりにも悲惨なものでした。
ミュンヘン駅でガイドさんと落ち合って楽しい会話をしながらダッハウへと向かったのですが、強制収容所跡に一歩踏み込んでみると、話す言葉もなくなってしまったのです。血が逆流する感じがして、ガイドさんのお話をお聞きするのが精一杯!になってしまいました。
実は、その2年後に知人たちと共に再び訪ねたのです。強制収容所の事実は、決して遠い国の遠い過去のことではなく、私たちの日々の暮らし方・考え方・行動の仕方と無関係ではないと考えたからです。
考えさせられるのは、平和と自由の大切さです。それを語り合う場が本当に少なくなっているような気がしてなりません。一人ひとりの人と社会への関心が薄くなっていくようなことがあれば、その分だけ平和と自由は遠いものになってしまうのだと思います。
もともと「旅行記」であるこの4トラに、人類の悲劇の惨状までも載せることは到底出来ません。しかし、旅の現実をお知らせするという意味で、許される範囲内で強制収容所見学の内容をお知らせしようと思います。
この旅行記中の上から3番目の写真で、ヨーロッパに展開した強制収容所群をご覧頂いていますが、その中の主な強制収容所跡を航空写真を通して確認できるようにしました。
↓のアドレスをクリックされて、左側一覧の中の強制収容所名をクリックされますと、当該収容所の場所が分かります(地図画像を拡大されますと、さらによく分かります)。
(※)クリックされても地図画面が開かない場合は、右クリックをされて「新しいタブで開く」を選択されますと、地図が開きます。
1.よく知られている「アウシュビッツ強制収容所」跡や「ビルケナウ強制収容所」跡など、ヨーロッパ東部の主な強制収容所跡
http://maps.google.co.jp/maps/ms?hl=ja&ie=UTF8&msa=0&msid=101016593599736252226.000472b4c295fae44f494&ll=50.029468,19.199381&spn=0.022854,0.044889&t=h&z=15
2.アンネが命を落とした「ベルゲン-ベルゼン強制収容所」跡や最初の収容所となった「ダッハウ強制収容所」跡など、ドイツ以西の主な強制収容所跡
http://maps.google.co.jp/maps/ms?hl=ja&ie=UTF8&msa=0&msid=101016593599736252226.000472837010d314f94db&ll=48.268255,11.480284&spn=0.023681,0.044889&t=h&z=15
Googleマップ上の気球マークをクリックされましても、強制収容所名が表示されます。
さらに、Googleマップ右上の「写真」「ウェブカメラ」をクリックされることによって、画像や動画を見ることもできます。
戦争の惨禍は強制収容所だけでなく、原爆や無差別大量爆撃、戦場となった現地の人々の人権と生活の破壊、人命無視も甚だしい無謀で無責任な作戦の強行などなど、無数の人々の命と尊厳を破壊してきたのだと思います。
一人ひとりが「人を大切にする」こと、うわべの愛でなく「本当の愛」を「日々大切」にし、そして、時代の波からそれを守りぬく姿勢こそが、平和の原点なのかも知れませんね。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() 新橋・汐留 わだちん 2010/08/28~2010/08/28 |
クソ暑いなか恩賜庭園行きましたよ
8mmでがんばりました
特に面白いものがあるわけではないんですが! ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() 瀬高・高田 ドクターキムル 2003/03/08~2003/03/08 |
福岡県みやま市本吉字成合寺谷の小丘にある成合寺谷1号墳(本吉)は砂防ダム建設の進入路掘削に際し発見された。装飾古墳である。
西牟田駅からタクシーで筑紫君磐井の墳墓とされる岩戸山古墳を見学して岩戸山歴史資料館に寄ると雛人形の段飾りが展示してある。この資料館の持ち物かと聞くと女性館員は自分の物で、もう家では飾らないからここに飾っていると言う。今日は館長も装飾古墳が見つかり今日の現地説明会に出かけているとも言う。早速その場所をタクシーの運転手さんに確認してもらい現地説明会に出かけた。
現地説明会といえば、東京で10,000人なら関西では1,000人、九州では100人と1桁程度ずつ減ると相場は決まっている。果たして装飾古墳の現地説明会であるが、集まっているのは40人程度だ。タクシーを待たせて見ることにした。タクシーの運転手さんにも一緒に見ましょうと声を掛けたが車で待つという。
石室の装飾は江戸時代頃に消されて何かのお堂として使用されたようだ。良く見ると壁の石に装飾された色が多少残っている。江戸時代頃に色が落とされたのは返す返すも残念ではあるが、こうして飛び入りで見られるのも運が良いのだろう。
(表紙写真は成合寺谷1号墳) ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() 国分 ドクターキムル 2004/03/14~2004/03/14 |
鹿児島県国分市(現霧島市)にある縄文の遺跡、上野原縄文の森に出かけてみた。標高約250mの台地上に、約9500年前には定住したムラがつくられたとされ、これまでの縄文観を覆すものだ。ここの博物館では女性学芸員がいて質問に答えてくれた。こんな山の上に縄文の村がと訝っていると、鹿児島市内の市立ふるさと考古歴史館の学芸員を紹介してくれた。バスでまた来た道を降り、鹿児島駅まで出て、鹿児島中央駅まで散策し、電車で慈眼寺駅まで来るともう夕方近い。山道の途中で出会ったお婆さんと話込んでしまい、閉館時間が迫ってくる。着いたのは閉館15分前であった。館内の展示をさっと見て、お話を伺った。閉館時間はとっくに過ぎたが帰りは駅まで車で送ってくれた。
(表紙写真は上野原縄文の森) ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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![]() ![]() 津和野 ドクターキムル 2007/02/18~2007/02/18 |
島根県の西に位置する津和野は山陰の小京都と言われているが、果たしてそうか。町の中を津和野川が流れ、城山に津和野城跡の石垣が残り、町の中には櫓が何棟か残っている。また、武家屋敷もどうにか残っているようだ。森鴎外の旧宅もあり、生誕150周年ということだ。西周(にしあまね)もこの地の出である。太皷谷稲成神社から町を見下ろすと町の中を津和野川が流れ、何と小さな町であろうか。
こんな津和野でも誰もがびっくりする大きなものがある。殿町界隈の掘割に泳ぐ鯉の姿だ。これほどまでのメタボな鯉は津和野以外では見られない。ここまでメタボな鯉は美しいと思える訳もなく、ただ醜いというべきだろう。
(表紙写真は藩校養老館跡の長屋門) ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() | |||
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